北海道厚真町から生まれた「ATSUMA96%」の次なる挑戦
北海道胆振東部地震から2年を迎えた昨年9月6日、キックオフイベントを開催し、最初の一歩を踏み出したATSUMA 96%プロジェクト。
96%の状態を一人ひとりの手を加えることにより100%に近づけることをコンセプトにしたブランド「96%」をスタート。第一号のプロトタイプ「ATSUMANAITA-mini」をイベント参加者の皆様にお届けしました。
▼前回のイベントはこちら
忘れられゆく災害の記憶を、年輪に刻む『ATSUMA 96% PROJECT』始動
それから約半年。新しいメンバーも加わり、北海道胆振東部地震で発生した古材を利用したプロダクトを育てる試みを続けてきました。そしてようやく完成した2つのプロトタイプを発表する場として、2月28日に厚真町から全国に向けて第2回目のオンラインイベントを開催しました。
参加者のみなさんに関わってもらうことで、96%を100%に近付けていく。プロダクトを通じて、共にATSUMA96%のプロジェクトを育てていきたいという想いを伝える司会の2人と厚真町メンバー。
▼司会
Blue Empathy 大塚智子
dot button company 中屋祐輔
厚真町メンバー
ATSUMA96%参加メンバー
まずはアイスブレイクとして、参加者同士がグループに分かれて自己紹介を行いました。
当日は北海道から九州まで全国各地から80名以上の参加者が集まり、プロジェクトへの関心の高さが伺えました。
~欲しい未来はみんなでつくる~地域課題の解決を諦めない
▼登壇
厚真町役場産業経済課兼まちづくり推進課 主幹 宮 久史
厚真町は「地域課題の解決を諦めない」「課題の解決に挑み続けることが持続可能性を高める」という強い意志を持ち、まちづくりを進めてきました。その中でも「ローカルベンチャー」を軸に人・モノ・お金・情報を循環させ、人が人を呼ぶ連鎖を生み出すことを目指してきました。
林業の担い手が減っているという課題は、新規雇用の余地が生まれているチャンスでもある。このような課題をチャンスに転換して取り組むことで課題を解決しつつ、厚真町の持続可能性を高めることに繋がると考えているそうです。
町の挑戦が実を結びはじめ、60年ぶりの人口増が期待された2018年9月6日。町は北海道胆振東部地震に見舞われました。
地震によって森が崩れ、今まで積み上げてきたものが粉々に砕かれたように感じたとき、宮さんを再び勇気づけたのは町民や町内外の仲間の存在でした。
「地震があってもなくても、厚真町に移住して林業で取り組んでいく」と言って移住してきたのは、プロジェクトの中心メンバーの一人である木の種社の中川さん。「震災に見舞われた厚真町で、新しいモビリティサービスを作る」と言ったのは、今回のイベント会場であるコミュニティスペース「イチカラ」の責任者でもある(株)マドラー代表の成田さんでした。
「一緒に未来を作る人たちは『種火』だと思っている。町の中の火をより強く燃やしていくための『種火』がまだ消えていなくて、むしろ地震をきっかけに集まり始めるのを感じた。実際多くのローカルベンチャー(種火)が起業し、欲しい未来を作ろうとしてくれている。5年後の未来が楽しみだと感じられる町になっている気がしています」。
宮さんの言葉は希望に満ちていて、聞いている私たちに勇気を与えてくれるものでした。
これまでの活動報告
▼対談
木の種社 中川貴之
dot button company 株式会社 中屋祐輔
プロジェクトが動き出したのは2020年1月12日。様々な仕事やバックグラウンドを持つ人が集まりワークショップを開催。そこからブランド名「96%」も生まれました。
ブランド名について中川さんは「僕たちでまず96%を発信して、残りの4%をみんなで一緒に作っていくことが素敵だなと思った」と言います。
「いろんな人が加わることでアイデアや可能性が広がって刺激になる。厚真町で仕事をしているだけ、林業をしているだけでは出会えない人たちにも会えた。凝り固まった思考回路を、グっと広げてくれる。地域だけでは気づけないことも、外からの視点が加わることで新しい気付きを与えてもらえることが増えた」。
前回のイベントで配布したATSUMANAITA-miniもFacebookページで使い方を報告し合ったり、プロダクトを起点にした交流・循環が生まれたりしています。
新プロトタイプお披露目
いよいよ待ちに待った、新プロダクトの発表です。
▼トークゲスト
西埜馬搬 西埜将世
ATSUMA CRAFT WOOK IKOR 鈴木大輔
丹羽林業 丹羽智大
ろくろ舎 酒井義夫
MUTE イトウケンジ
▼モデレーター
dot button company 石川陽子
1つ目のプロダクトは、VOSA HOOK(ボサフック)。VOSA HOOKは西埜さんのアイデアから生まれました。
そのアイデアを形にしたのが、ろくろ舎酒井さんとMUTEイトウさんです。酒井さんはディレクターとしてプロダクトの全体監修を行い、プロダクトデザイナーのイトウさんがデザインを担当しました。
VOSA HOOKという名前について
「プロダクトの名前は響きが良くて親和性があるものにしたいと思っていた」と話す酒井さんとイトウさん。北海道では、倒した木を丸太にする際に行う「枝払い」の作業の過程で落ちた枝のことを「ボサ」と呼ぶと聞いて、迷わず名前に採用したとのこと。
枝払いについて話してくれたのは丹羽林業の丹羽さん。専門の機械やチェーンソーを使って枝払いを行い、枝を集めます。その後、釜で枝を茹でて、みんなで皮むきをし、枝を整えていきます。
普通であれば捨てられてしまう枝をプロダクトに昇華させる過程で大切なのは、見せ方や細かいディテールを詰めていくこと。それをイトウさんと数か月かけて取り組み、厚真町のメンバーとともに進めてきた、と酒井さんは言います。
厚真町でものづくりをしているATSUMA CRAFT WOOD IKORの鈴木さんからは、「自分たちで作るだけではなく、厚真町に参加する人を増やしたい。材料としての枝集めから、ワークショップを通して厚真町の人をどんどん巻き込んでやっていきたい」と力強いコメントがありました。
イベントにも活用できるVOSA HOOK。今後の展開が楽しみです。そして、2つ目のプロダクト、「ITATANI(イタタニ)」の発表です。
▼トークゲスト
木の種社 中川貴之
ATSUMA CRAFT WOOK IKOR 鈴木大輔
ろくろ舎 酒井義夫
グラフィックデザイナー 小林一毅
▼モデレーター
dot button company 石川陽子
ITATANIとはアイヌ語でまな板のこと。フォルムが愛らしいグラフィックの力が効いたデザインとなっています。
ITATANIのデザインを担当された小林さんは、「まな板として使っているときだけではなく、暮らしの中でしっかりオブジェとして飽きずにいられるような造形を目指している。北海道にゆかりのある生き物って何だろうと考え、エゾシカ、ヒグマを採用した」と言います。
「最終的な形になるまでにいろいろなデザインを試してきました。もともとは積み木を作ろうとしていたが、販路としては大人も巻き込みたい。また、将来的には日本を飛び出して他の地域でも愛されるようにしたいです」。
小林さんのデザインへの想いを聞き、これからの展開がますます楽しみになりました。
今回のプロダクト開発では、震災で被災した木材を使う、というテーマがあります。材料について、木材の製材を担当した中川さんにお話を伺いました。
「震災で被害を受け、取り壊しが決まった建物中に古材がたくさんありました。
古材は黒ずんでいるが、ひと手間かけて一皮削るとまだ使えます。それを知らない人が多いので、製材の仕事をしている僕がプロダクトに落とし込もうと考えました」。かつては建物の一部として人々の暮らしに寄り添っていた木材。震災で傷ついてしまったけれど、こうして中川さんらの手で息を吹き返しました。
VOSA HOOK、ITATANI。2つのプロダクトに共通しているのは、本来なら捨てられてしまう木に新たな価値と命を与えたこと。
枝払いでそのまま置き去りにされる枝。捨てられてしまう運命だった被災木。それらの本質的な価値に気づいていた厚真町で森に関わるメンバーと、ものづくりの現場で活躍するデザイナーのコラボレーションによって、アップサイクルプロダクトが誕生したのです。
「ATSUMANOKI 96」設立
これからさらに活動を広げていくため、これまでのうねりをさらに大きなものにしていくため、一般社団法人を立ち上げることになりました。
▼トークゲスト
木の種社 中川貴之
丹羽林業 丹羽智大
西埜馬搬 西埜将世
森林の入口 永山尚貴
ATSUMA CRAFT WOOK IKOR 鈴木大輔
地域おこし協力隊(予定) 坂野昇平
▼モデレーター
Bridge Kumamoto 村上直子
森での仕事だけではなく、小学生に工作や森での遊び方を教えている永山さん、これから地域おこし協力隊として赴任予定で、イベントの翌日厚真町へ引っ越し予定の坂野さんも加わり、今後の団体設立についての話を伺いました。
新しく立ち上げる団体名は、「ATSUMANOKI 96」。
メンバーが林業・木工・製造など、木に関わる仕事をしているが、専門化された本業以外にも森からユーザーに届くまでの一連の仕事をしたいという想いがあり、それを加速していくため、団体設立を決意されたと言います。
団体の活動テーマは、「森をカタチに、ひろがるカタチ」
少し前までは森に立っている木を倒し、木材として使うところまでのプロセスが地域に住むの人々の手で行われていた時代だったものの、量販店やネット通販でモノを買って済ませたり、人に頼んで済ますようになった世の中で、もう一度森を育て、そこにある木に手を掛けて使う営みにフォーカスして進めていきたい思いがあったとのこと。
「共通点は山が好き、木が好き。木に関わる仕事をしている。地震をきっかけに普段仕事の面では出会えなかった人たちと交流することができたのが大きかった。林業の仕事をしているとなかなか外の人と会うことはないので、今後は外からの参加者とともに活動し、可能性を広げていきたい」と中川さんは言います。
坂野さんからは、ご本人が考えたキャッチフレーズ 「〜morinnovation!!~」 についてお話がありました。「今までにない新しい調整を、そしてわくわくをカタチに。恥ずかしがらずにオープンになって、違う業界の人と関わり、新しい事業やプロジェクト、面白い林業を作っていきたい」。
坂野さんからの言葉やメンバーの表情からワクワクする気持ちが伝わってきます。これから「ATSUMANOKI 96」の想いが多くの人々との関わりを通じてカタチになっていくのが楽しみです。
みんなで一緒に作り上げるプロジェクト
トークセッションが終了し、その後グループに分かれて座談会・交流タイムがありました。森でやってみたいこと、厚真町でやってみたいこと、オンラインでできることなどについてディスカッションをしました。
各チームとも多くのアイデアが出たようです。その一部をご紹介します。
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・「森の大学」森を学ぶ大学、共感した仲間でカリキュラムを実施する大学をつくりたい。
・新規就農者などで木を切らないといけなくなったときに、専門的な立場から知識や経験のサポートをする。
・林業に関する勉強会などのイベントを通じて、日本の林業について知る機会を作ったり、体験できるツアーを行う。
・厚真町は海と川と山とが揃っているのが魅力。そこを生かしたプロジェクトが何かできそうではないか。現場を肌で感じることができる山菜採りだったり、ボサフック作り(皮剥き作業体験)等のイベントを通して、林業が身近になったり、将来の選択肢として感じてもらえる機会を創出できそう。
・北海道の林業の素晴らしさ、山火事などの森林災害に対する支援策、技術的なものをシェアする。日本だけでなく、世界に発信できるのではないか。
・キャンプ、居場所づくりができそう。
・厚真町の人に教えてもらいながら、厚真の木を使ってDIYできる何かを作って、創作物を投稿したりコメントしたりできると、オンラインでも盛り上がれる。
・キャンプとテントサウナを使って森で過ごしたり、マウンテンバイクで森を楽しむツアーを実施する。
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参加者から出たアイディア・意見を受け、「商品づくりというよりも、『関わり方や学び』という提案が多かった。森との「接点」の作り方を考えながら、森がもっと近くなる、森の価値が開けるような、プロジェクトを考えていきたいですね。林業は閉じがちですが、発信することでもっと面白くなっていくのではないかと思います。森を生かすことで、林業以外の産業も盛り上げれると嬉しいです」と宮さんは言います。
「僕たちがやりたいことだけではなく、これからみんなと一緒に作り上げる参加型のプロジェクトにしていきたいと思います。ATSUMANOKI96をどうぞよろしくお願いします!今日はありがとうございました!」
という中川さんの言葉でイベントが締めくくられました。これからどんどん盛り上がっていくATSUMANOKI 96の活動から目が離せません。